「投げられた石」

2026年最初の月も、すでに半月以上が過ぎてしまった。
日々は投げられた石のように、冬の夕焼け空に放物線を描いて落ちていく……と。
そんな気がして、さっきから空を見ている。
風が冷たい。
月日が投げられた石のように、と書いた人は誰だったか。放物線のくだりは、わたしの感じ方だ。
時々考える。
ものを書く者にとって、その名前を覚えられることと、
その作品の中のほんの一行を誰かに覚えられることと……。
どちらがうれしいことだろう、と。
先日もそのことをふっと考えて、どこかにちらっと書いた記憶がある。
どこだったかも思い出せないでいるのだが。

前掲の問いに、当然わたしは後者を望むが、
一方では、どっちも覚えられなくていいよな、とも考える。

名前をずっと覚えられることもないし、一行だって無理だ。
月日というのは、たぶんそんな風に残酷であり、ある意味、すっきりと覚悟の決まったものであるのだろう。いっそ、気持ちいい。
書いたものの名も、どんな一行だったかも、過ぎてしまえば「投げられた石」。
放物線を描いて、最後はどこかの地面に着地することもあれば、澄んだ水の流れにポトリと落ちることもあるだろう。
そして、落ちた瞬間、それはずっと昔から、本当にずっとずっと昔からそこに在ったかのように、石は静かにそこにとどまるのだ。


なぜこんなことを考えたのか。
年が改まってからも、一方的ではあるが、大事だと思う方々の訃報が続いた。12月中に亡くなっていた方もいた。

静かに受け止めよう、それが遺された側の、先に逝った側への敬意のようなものだと頷きながらも、心はやはり騒ぐ。

いろいろなひとがいる。いろいろなひとがいた。
現在「いる」ひとも、かつて「いた」ひとも、それぞれにそれぞれが、すでに自分を生ききったひともいれば、生ききろうとしているひともいる。
いろいろなひとと、いろいろなつながりと言えるほどには結び目は強くなくとも、淡く清らかなつながりがあり、こうしてひとは、ある時から、ある他者の、「懐かしいひと」になっていくのだろう。
そんなことを考える1月後半の夜。

落合恵子blog Keiko Ochiai

落合恵子のブログ『明るい覚悟』