このタイトルを見て、「ああ、あの映画だ」と思いだすひとが、現在どれくらいおられるか。
この映画の解説を楽し気にされるとしたら、誰だろうか。多くはすでに鬼籍に入っておられる。
81歳のわたしでも、この映画を上映時には観ていない。何かの折りに、たぶんテレビの名画座かなにかで観たのだと思う。
「ある夜」ではなく、「或る夜」である。
監督は、かのフランク・キャプラ。主演は、クラーク・ゲイブルとクローデット・コルベール。ジャンルとしてはロマンティック・コメディ、だろうか。
1934年製作の米国映画だ。
大富豪の娘エリーは父親に結婚を反対されて、家出をする。そして、ニューヨーク行きの長距離バスに乗り込んで、たまたま隣り合わせた新聞記者(ゲイブル)といっしょに旅をして、やがてふたりは惹かれあって……という、他愛ない、けれど、わくわくする恋物語だ。ゲイブルファンにはたまらない、だろう。適当に笑えて、うっとり夢見ることもできる。
そういえば、当時の、映画の主演男性の職業に多かったもののひとつに、新聞記者がある。この映画の中のゲイブルの場合は、失職中だった。オードリー・ヘップバーンが恋した、「ローマの休日」の、グレゴリー・ペックも新聞記者。時代によって「カッコいい職業」は違ってくるのかもしれない。
以下は、先月3月のわたしの「或る夜の出来事」である。
主役は、山田洋次さん。監督ではなく、ここでは主演。出演は数人、わたしはその他多勢兼観客。最も興奮して、最も幸福だったのは、20数年前に。表参道のクレヨンハウスで披露宴をした当時のふたり。いまは中年の、仲のいい素敵なご夫婦だった。昔からよく存じあげている。
3月末間近の、小雨がちの夕暮れが夜に変わる時間だった。
なにげなく入口に近いテーブル席に目をやると、山田洋次監督が、秘書のかたと、ほかにも。12月にクレヨンハウス『朝の教室』で講演をいただき、そのあと岩波書店の『世界』でも対談させていただいた。お礼の手紙をと思いながら、あれこれ言葉を重ねること自体、なんだかヘビーではないかと遠慮している、のではなく、ぐずぐずしている言いわけだ。
ただし、わたしは眼鏡をかけてもぼんやりとしか輪郭が見えない左目弱視に老眼が加わって、よく見えたほうの右も老眼。ふたつが重なる像は、複雑で、「えっ?見間違え?」。
お声を聞いて、山田監督だと分かった。
ケーキとお茶を前に談笑しながら打ち合わせをされている方々を少し離れたところで見ていると、素敵なご夫婦がレストランに入ってこられた。Kさんご夫妻である。
挨拶をすると、その日、息子さんの入社式があって参加した帰りだという。息子さんは会社の寮に入るそうだ。父である彼もその夜はスーツ姿だ。
息子さんは、表参道のクレヨンハウスでおふたりが披露宴をされた時、彼女のおなかにいたということは、吉祥寺の店にもよくおいでになるおふたりから聞いていた。
そうして、そうして!!
息子さんが就職したのは、なんと松竹!
それも制作部だとおっしゃっていた。そして、松竹と言えば、山田監督、である。山田監督の講演会にもおふたりで参加されていた。
誰かが幸せそうな姿を見ることほど、うれしいことはない。
なんといい光景だろう。息子さんの入社式。そして、息子さんが入社した会社の、代表的な監督との再会。
嬉しくて、感激して、泣きそうになったわたしの3月、「或る夜の出来事」である。
クレヨンハウスをやっていてよかったなあ、としみじみと。
病を得たせいか、最近しみじみと、そんなことを思う出会いがある。
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