2026.06.01 05:05「純白のとき」5月も、もう終わり。一年中で、緑が最も瑞々しく眩しい季節と別れるのは辛い。今日5月30日、土曜日も暑い一日だった。朝早くに、と言いたいところだが、11時のランチの始まり直前に、クレヨンハウスに飛び込む。ランチとディナーの味見の要(カナメ)が今日はいないので、わたしがなんとか味見を、と吉祥寺に向かったのだ。10時40分着。ランチは11時~。時間の余裕はない。だしが多少足りなくはないか? 酸味は? ピンクペッパーは? あれこれうるさいだろうなと思いながらも、気づいたことはやはり言ってしまう。厨房のスタッフは勘弁してよ、だろうが、今日はわたしが最初のお客であるのだから、許してほしい。あれやこれややりとりして、ようやく味が決まった途端に、本来のお客様たちが。郵...
2026.04.27 06:35「或る夜の出来事」このタイトルを見て、「ああ、あの映画だ」と思いだすひとが、現在どれくらいおられるか。 この映画の解説を楽し気にされるとしたら、誰だろうか。多くはすでに鬼籍に入っておられる。81歳のわたしでも、この映画を上映時には観ていない。何かの折りに、たぶんテレビの名画座かなにかで観たのだと思う。「ある夜」ではなく、「或る夜」である。監督は、かのフランク・キャプラ。主演は、クラーク・ゲイブルとクローデット・コルベール。ジャンルとしてはロマンティック・コメディ、だろうか。 1934年製作の米国映画だ。大富豪の娘エリーは父親に結婚を反対されて、家出をする。そして、ニューヨーク行きの長距離バスに乗り込んで、たまたま隣り合わせた新聞記者(ゲイブル)といっしょに旅をして、やが...
2026.03.26 10:05「続ける」3月28日の朝の教室、講師は小出裕章さん。毎年、3月の「朝の教室」は小出裕章さんに講演をお願いしている。会場への直接のご参加は、残念ながら、すでにいっぱいですが、よろしかったらオンラインで。下記をご参照ください。
2026.03.21 10:00「春」を呼ぶ日久しぶりに朝から吉祥寺へ。 「久しぶりに」は朝からにかかる。 前日は午前中からNHKラジオで収録。この春から18年目を迎えた「落合恵子の絵本の時間」。ディレクターの新井さんはアナウンサーの出身で、最近までニュースも担当されていた。 今回の収録が彼にとっては最後の仕事だ。長い間、ほんとうにお世話になった。 本がなによりもの大好物というひとで、絵本にも実に詳しい。その収録を終えてから、吉祥寺店に。あれこれたまった仕事をすませて、そうだ、久しぶりにハンギングバスケットに季節の花を飾ってみようかと思いついたのは、前々夜にガーデニングの本を、もの入れの中に見つけたからだった。その日は途中で帰宅したが、翌日は朝から出社。クレヨンハウスに居る日の朝一番に当...
2026.01.30 06:16「言葉とけんちん汁」寒い日が続いている。少し前までは、日差しも穏やかな日が続いていたのだが、豪雪が戻ってきたところも多い。この厳寒、この雪の中で、選挙か!!!八百何十億もかけて、何を急ぐのか。この人気なら、いまのうちに選挙しちゃおう、か? 身勝手すぎないか?裏金問題も何ひとつ片付いてないまま、先回の選挙では党の公認を手にできなかった面々までもが、公認候補者として遇されている。傲岸な表情で。これでいいのか、この社会は、この国は。一方、子どもたちの貧困も続き、長い休みが続くと、給食をとることができずに体重が減る子も。保健室の教師は見過ごすわけにはいかず、近くから菓子をたくさん買ってきて、子どもたちと分け合うという話を聞く。子どもは国にとってどんな存在なのか? 「かつてと同じよ...
2026.01.19 12:15「投げられた石」2026年最初の月も、すでに半月以上が過ぎてしまった。日々は投げられた石のように、冬の夕焼け空に放物線を描いて落ちていく……と。そんな気がして、さっきから空を見ている。風が冷たい。月日が投げられた石のように、と書いた人は誰だったか。放物線のくだりは、わたしの感じ方だ。時々考える。ものを書く者にとって、その名前を覚えられることと、その作品の中のほんの一行を誰かに覚えられることと……。どちらがうれしいことだろう、と。先日もそのことをふっと考えて、どこかにちらっと書いた記憶がある。どこだったかも思い出せないでいるのだが。前掲の問いに、当然わたしは後者を望むが、一方では、どっちも覚えられなくていいよな、とも考える。名前をずっと覚えられることもないし、一行だって...
2026.01.05 05:00「80歳の詫び状」新年はどのようにお過ごしでしたか?12月31日まで、わたしはクレヨンハウスで仕事をしていた。その大きな仕事のひとつが、詫び状を書くこと。いつもご著書をお送りくださるかたや親しいひとに、12月のはじめに出した新刊をお送りするのがまだ追いついていないまま、新年を迎えそうだった。失くした眼鏡も行方不明。「本、買わないで待ってるからね」そんなメールも届いている。31日。いま送れば、相手かたに届くのは紛れもなく新年。年明けに、小細胞肺がんに罹ったという本を友人から受け取りたいか? それも、いつも元気な友人から。タイトルに「がん」という言葉が入っているが……正直、わたしは抵抗したのだが……、内容、テーマはがんそのものというより、残された日々をいかに生きるか、である...
2025.12.23 02:15「女性たち」先週の金曜日は一日中、クレヨンハウスに居た。12月5日に新刊『がんと生ききる 楽観にも悲観にも傾かず』(朝日新聞出版)が刊行されてから、取材が絶えることがない。同じようなことばかり話をしているようで、気が引けるのだが、タイトル通り、どちらかに傾くことはないよね?とお伝えすることができたら、こんなに嬉しいことはない。クレヨンハウスの本の売り場からも、日々幾冊売れましたという報告が、日報と一緒に入って来る。野菜市場で「坂出(さかいで)金時」という名のサツマイモを選んでいるとき、隣から手が伸びて、「ぼっちゃん南瓜」を手にしたかたのエコバックから、わたしの『悲観にも楽観にも傾かず』の、きれいな黄色い表紙が見えた。つい「ありがとうございます」とお声をかけてしま...
2025.12.06 06:14「50年」この12月5日、クレヨンハウスは創立(なんだかエラソー。ま、オープンして)50年目を迎えた。吉祥寺で迎える4回目のクリスマス。 50年。よく続いたよなあ、と苦笑するわたしがいる。苦笑の内訳はさまざまだが、わたしもよくやったと、ちょっと褒めてやりたい。そして、スタッフもまた。 学校を卒業して22歳から放送局に勤務していた若い女。仕事は面白かったが、局のなれなれしい空気にどうしても馴染めずに、仕事の終わりに通っていたのが銀座の洋書店。そのうち、どうしても自分でもやりたくなった。 絵本や詩集、童話などの専門書店だ。本は1冊売れて、2割(も無い)業界だ。続けられた理由はやはり好きだから。好きだから、をなくしたら、どの仕事もやる理由はない。 50年目を迎えたち...
2025.11.26 12:57「25年のクリスマス」 町はすでにクリスマス色。赤や緑や金や銀。イルミネーションも点滅している。 おとうさんに抱っこされた男の子が「マブチイ」と目を細めて、小さな手を結んだり開いたりしている。 イルミネーションの点滅を自分の手で、指先で真似ているのだ。 クレヨンハウスのクリスマスの準備もおおかた完成。というよりも、気になるところはまだまだあるが、「まっ、いっか」まで、一応は辿り着けた。 「美化委員」が中心となって実行してくれた。思いついて持参したわたしの帽子なども総動員しての、ディスプレイ。 「美化委員」とは、美化のために目を光らせてくれるひとたち。毎年、担当は変わるが、みんな優しく、役目を楽しんでくれている(か?)。 夜になって寒い風が吹く屋外でも...
2025.11.21 12:20それは、些細な変化から始まった ついこの間まで、暑い、暑いと汗を拭っていたのが、急にコートを引っ張り出して羽織ってみたり。 12月初めに上掲のタイトルの新刊にも書いたことだったが、がんと診断される前、どちらかというと暑がりだったわたしが、なぜか急に(と思えた)寒がりになった時期があった。23年に、がんだと診断される、たぶん数年前のことだと思う。 その頃から、あるいは、それよりずっと前から、わたしの身体の内部では、いままでのわたしとは違う変化が生じていたのかもしれない。そして、生まれた変化は、長い時間をかけて(10年単位、もっとの場合もあるようだ)、殖えていたのかもしれない。がん細胞が。 確か同じ頃だったと記憶する。帯状疱疹にかかった。 首筋を中心に寒くて寒くて仕方がないこと。そして...